稽古−読み合わせ

稽古始まった。読み合わせ。


前半の読み合わせが終わってまず先生に肩をポンポンされ、言われた。
「もっとふてぶてしく、やってほしいな」
私のクッキーは、可愛くて愛されて共感されてしまうらしい。
でもこのお話において愛される人などいなくていい、性格悪い人たちを、お客さんは嘲笑ったり、ドン引いたりしながら、結果としてなんとなく作品全体に愛着が沸けばよいのだ。


ハッとした、心当たりがありすぎて。
気付いてなかった、私は、自分自身は、愛される人でいたいとか、共感されたいとか、あんまりない気がする、(想い自体は滅茶苦茶あるけど、そのために何かをしたり自分を変えたりすることはない、戦争なくなればいいなーくらいの願いなのである)
でも、自分がやる役、特に自分が愛している役については、ものすごく愛されたいという欲がある。
それに向かって媚びまくる。
叫んでも腰痛くなっても愛される、が、大前提で、クッキーは何やっても楽しい人、そうとまで思ってた気がする。
それはもちろんどんな役でもってわけではなく、自分の目から見て可愛らしく見えたからってゆう根拠があるのだけど。


「俳優はものすごく主観的な生き物だ」
山田先生が最初に言ってた。
その主観性は、邪魔だけど、時に正しくその人にしか見えないものが出たりする。
邪魔な間違いを正すのは演出家の仕事だから主観的に見てくれ、ぼこぼこにする。(実際山田先生はぽこぽこしてくる、ぼこぼこって感じじゃない)
私は主観的に戯曲を見るやつなんてバカだと思ってた。
戯曲を読めないやつの典型だ!と、思っていた。
それをやってしまっていた!なんたること!
とても恥ずかしかった。
やっぱり戯曲論は取ろう。笑


今日は、とにかく欲を無くして、ふてぶてしい女をやってみた
結果、みっちーにはやはり元気がなくなったといわれた。
キャラとして前の方がよかったよーと。
だけど先生には年齢を高くしたのは正解ではあると言われた。
もちろん、それで昨日のような遊びがなければというダメだし付きだけど。
こっちで元気を取り戻していけばいいのだ、稽古期間が長くてよかった
大前提を間違えるのは怖いねー




今思うと、東京日記の小渕さんは、すごく主観的だった気がする。
愛されたいという欲もガンガンにあった、私が小渕好きだったから。
本当は誰かのことを嫌いとか、あった方がよかったのに、住人全員が愛しすぎて自分の設定をそうしてしまった、加減に差は物凄くあるものの、基本全員好きで、人付き合いの良い小渕さん。
その結果、ものすごく「みずきの小渕さん好きだよ」と言われた。
でも、もっとお話全体を底上げする方法があったのかもしれないなぁ。
あのときはとにかくキャラクター達と会話するのが目標で、だから自分視点でみんなを見ていて、そのために効果が薄くなってしまったところ、いっぱいあったろうなぁ。
語尾が落ちるとか、いろいろ、客観性、そのひとつで解決されたのかもなー




外小屋はどうだろう。
お布団は、ちょっと主観だった、感情移入、みたいなのしてたし。
オイディプスのことは愛しかったし。
でもあれは作り上げることに必死で役のこととかあんま考えてなかったかも。


電マ。あれはすごかった。あれほどに主観な事はなかったかもしれない。
自分の役と一緒に自分が興奮してたし、息が詰まっていったし、悲しくなったりしてた。
はっきり言って江川さんの役とかアウトオブ眼中だったし、全体像が見えてたのは幽霊のとこくらい。
絶対に言ってはいけないところで教祖を「神様」といってしまうという超ミラクルミスをしてしまうくらい、本当に主観だった。周りが見えてないから、あの時大島君が神様に見えちゃったんだよなぁ。
そうだ、あの時ずっと悲しくて、それは自分の役が最終的に愛してる人に愛されないからなのだけど、悲しい必要なんて一個もなかったのに。殺されるのが無残で醜くあればあるほど、成功で、うららうらら〜って感じになるはずだったのに。
恐ろしい、そんなものを、お金払って見てもらってたなんて、、、、、、うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう


塩ちゃんのは、毎回一切主観がない。
WSの時点から、それが許されないから。たぶんしおちゃん主観的な役者とか吐くほど嫌いだと思う。私がそうだとしったらさぞ悲しむであろう。
からしおちゃんの役にはやってる自分すら共感できないし、愛せないし、だからやってて結構疲れるし、
だけど、その時の方が疲れてる分神経使えたりするんだろうと思う。
そうだ、主観のほうがちょっと気持ち良いんだ、多分。
それはとってもはずかしいことだね。




主観と、相手とちゃんと話すってことは違うんですかね。
違いますね。
客観性を持って効果とかを考えつつ、ちゃんと相手の話を聞く??????
演技って、むずかしいな、おい。
セリフ読んでたのしーいって、そうゆうやつじゃなかったのかい?
……いや、分かってはいたけど。1年生の頃から。
初めて身に染みてる気がする、遅いなぁ。


今回の目標は、多少不安定でも自分のプランをたくさん出してのびのびやる、ことだったけど、やはり地道に、的確に、精密にやっていくのが正解かもしれぬ。台本が思いの外きっちりしているし。
幸い先生のことは大好きだし、優しくて聞きに行けば付き合うぞって顔で、うれしそうな顔で答えてくれるし、オーディションのせいか総実につきまとうモチベーションの差みたいなのはなくて心地よいし、相手役と仲良くてかつ設定としても仲良しなのは心強いし、精一杯追いつこう。
全体像で、いかに的確に効果を残せるか、ですね。
てゆうか今回恵まれすぎてるなぁ、制作にーなは完全に頼れるし(しっかりしてるのに怖くないのが好き)、演助にくぼまりやまいこが入ってるのもなんだかまるで私の好き放題したようだ。
衣装じゅんこややすみんともコミュニケーション取り易いし、うーん、でも、どんな相手でもするべきなのだ、本当は。




だけど、すごく楽しい気がする。
客観性持って、かつその役を、というか効果を楽しんで。
それがうまくいけば、作品の肥やしになって。
逆に、セリフ読んでるだけよりずっと楽しいものなんじゃない?


まずはモデルがほしいなぁ、セレブでふてぶてしい40代、今更になって、たくさんの作品を見ることの重要性をひしひしと感じるよ……佐藤先生あなたはいつでも正しい………






あともうひとつ。
ミュージカル実習で、死ぬほど好きな曲「エメ」をやった。
私のものがみんなのものになった気分だった、笑